日本における発達障害の児童の規模は今や人口全体の6.5%(※1)と言われています。しかし、多様な子どもたちへの「困り」の早期発見や支援が必要となる一方で、全国の自治体や学校の中で深刻な課題となるのが教員の不足と多忙さ、そして支援環境の整備です。そんな社会背景の中で、ベネッセのアクセシブルチームが取り組むのが、発達障がいや、読み書きに困りごとを抱える児童に向けた学習アプリ「まるぐランド for School」の提供です。

「アクセシブル」は「近寄りやすい、アクセスしやすい」という意味があります。多様な子どもたちが一人ひとりの特性に応じたよりよい学びにもっと「アクセスしやすく」するため、デジタル開発の“裏方”から転身し、アクセシブル教育の普及に挑む担当者に、アプリ開発の経緯やその背景にある思いを聞きました。

発達障がい、潜在的な困りごとを抱える子どもたちに支援を届けるために

コロナ禍では全国の小中学校の児童へ1人1台の情報端末配布が進むなど、その実現に向けた動きが加速する「GIGAスクール構想」には、新しい教育のあり方をめざした次の定義が記載されています。

・1人1台端末と、高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで、特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たちを誰一人取り残すことなく、公式に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育ICT環境を実現する
・これまでの我が国の教育実践と最先端のICTのベストミックスをはかることにより、教師・児童生徒の力を最大限に引き出す
(出典:文部科学省「GIGAスクール構想の実現へ」)

この「特別な支援を必要とする子供を含め、多様な子供たち」の一文の背景ともなっている、増加する発達障がいの児童の問題に対応するために全国の学校現場で増えているのが、通級指導(通常の学級に在籍する障がい等によって困りのある児童に対し、「通教指導教室」という場で障がいに応じた特別な指導を行うこと)や、通常級の先生が研修を受けて担当することも多い「特別支援教育コーディネーター」の配置です。通級指導の利用児童は10年で2.2倍(※2)にも増加したとされる一方、こうした動きには地域差が大きく、ただでさえ多忙な先生たちの経験や知識不足もあって個々の対応にはすでに限界がきているともいわれています。

通常の学習指導の中でいかに多様な子ども一人ひとりに寄り添った学習支援をしていくかが問われる中で、「子どもたちの困りごとを早期に発見し、個の特性に合わせた学習を提供していきたい」と学習アプリ「まるぐランド」を開発したチームの責任者が、ベネッセコーポレーションでアクセシブル事業開発を担当する阿部健二です。



一人ひとりの特性を把握し、困りや得意にあった学びをサポートする学習アプリ

この「まるぐランド」の対象や強みとする機能について阿部に聞きました。
「学習の難度があがり、子どもたちの自己肯定感が低下する前の早い段階から特性に応じた学習の支援をするため、まずは小学校低学年向け(高学年にも対応予定)の提供からスタートしました。『まるぐランド』では初めにチェックテストによって、読み書きの“困り”や“得意”、認知特性の把握を行います。その上で、それぞれの特性にあわせた最適な学習コンテンツを自動で提供していきます」


認知特性・読み書きのスキルを測るチェックテストと、学習支援の両方を1つのアプリで受けることができる「まるぐランド」を通して提供される個別教材の一例を示す資料より。

「さらに、チェックテストの結果として学習のレポートも提示します。このレポートでは、単純な結果だけでなく、そこからの指導方針もあわせて提案することで、通常級や支援級の先生、保護者との目標の目線合わせや共通認識になる内容を盛り込みました。今後より多くの学習データが集まり、AIなどを活用することで、さらに個の『特性』に合わせる学習が提供できると考えています。」

「まるぐランド」で提示される学習のレポートのイメージ。

品川区と読み書きの発達特性に配慮したICT学習の実証試験を実施

2021年には、東京都品川区と、区内の公立小学校・義務教育学校11校で、「まるぐランド」を活用し、子どもの読み書きの発達特性に配慮したICT学習の実証試験を行いました。

「この実証試験では、対象校で通常学級も含めてアプリを使った一斉チェックテストを実施し、その後、学校と各児童のご家庭で学習コンテンツを任意で利用いただきました。その結果、1回目のチェックテストから4か月後に実施したテストとの比較で、集団全体での読み書きスキルが向上、特に困りごとが多い層において、その伸びが顕著となりました」



実証実験に参加した小学校での1回目テストと2回目テストでの結果比較より。読み書きスキルになんらかの困りごとをかかえる層(図表左側の成績下位層。パーセンタイルは結果を低い数字から順番に並べ替え、計測値の中でどこに位置するかを測定する単位で、今回の結果では数値が低いほど困りごとが多い成績下位層)の割合が減少し、逆に成績上位層の割合が大きく伸びていることがわかる。

障がいの有無にかかわらず、すべての子どもたちが「好き」を見つけ、学ぶ意欲をもてる社会へ

元々は通信教育の商品サービスで技術担当として後方支援をしていたという阿部に、なぜこのようなアプリ開発にいたったのかと、そこに込める思いを聞いてみました。

「以前は商品開発の裏方ということもあって、顧客や社会の課題に直接ふれることはほとんどありませんでした。しかし東日本大震災の時に被災地での雇用創出のために行った、オンラインでの校正業務の環境整備や、機会を頂いて登壇した社外の講演でお会いしたアクセシビリティの国際標準規格の制定に携わった方たちとの出会いに感銘を受け、『テクノロジーの力で社会の課題を解決したい』という思いが強くなっていきました。その後、社内での提案制度に手を挙げ、そこでの受賞をきっかけとしてアクセシブル教育の事業構想へとつながっていきました」

「発達障がいは、基本的には病気とは違って治すようなものではなく、いかにそれぞれの特性に合ったスキルを身につけるかが大切だと考えています。さらに、先般実施した実証実験では、読み書きスキルの中間層においても何かしら小さな困りごとがあり、上位層においてもその認知には偏りがあることもわかりました。しかし、そうした子どもたちの抱えるさまざまな困りごとは目には見えにくく見落とされがちです。

『まるぐランド』を通じて本当に目指しているのは単に成績向上ではなく、一人ひとりの子どもたちの特性を適切に把握しながら、好きなことを発見し、得意を伸ばすことです。そして、自己肯定感が低下してしまうことなく彼らの学ぶ意欲をもっと引き出してあげたい。このアプリを利用した子どもたちが、社会の中で自立しながらめざす未来に向けて力強く歩む、そんな姿を思い描いて今後もサービスの提供や改善を続けていきたいと考えています」

今後は全国の自治体で、より広範囲でのアプリの提供を模索しながら、目指す未来に向かって――阿部とアクセシブルチームの挑戦は続いていきます。

※1:全国の公立小中学校の通常学級に在籍する児童生徒のうち、人とコミュニケーションがうまく取れないなどの発達障がいの可能性のある小中学生の推計は約60万人で人口の6.5%程度(文部科学省平成24年調査)。
※2:平成18年度と27年度との比較で通級指導を受ける児童は約2.2倍に増加(文部科学省平成27年調査)。


情報協力

阿部 健二

阿部 健二
株式会社ベネッセコーポレーション
事業戦略本部 アクセシブル事業開発課

印刷大手の技術研究職を経てベネッセコーポレーション入社。教育コンテンツのデジタル化とアーカイブ、制作プロセスの改善など様々な教育サービスの開発に携わる。社内提案制度「明日のベネッセを創るPJ」にて優秀賞、発達多様な児童に向けた学習サービスの開発責任者(現職)を務める。