2023.10.26
先生が幸せに生き、子どもたちが幸せに生きる社会へ。「教師の日ギャザリング2023」
少子高齢化で働き手が不足する一方で、人的資本への注目とともにあらゆる業界で働き方改革が進もうとする今。しかしその中で、いまだ“世界一忙しい”とも言われているのが、日本の学校の教師、先生たちです。先生が活力をもってウェルビーイングに働き、生きることは、変わりゆく社会の中で未来を担う子どもたちの教育環境や将来を大きく左右します。
先生たちの多忙さも含め、子どもたちが学びに向かう周囲の環境に様々な課題がある中で、ベネッセはこれからの教育のありかたを、学校の先生や教育に興味関心をもつあらゆる人との対話を重視し、多様な視点で考えるプロジェクトを推進しています。これまで「未来の教育を考える会」として自社で延べ約500名以上が参加した3回のイベント開催を経て、2023年10月には認定NPO法人「Teach for Japan」との共催で「教師の日ギャザリング 2023 」を実施しました。イベントの様子と、その場で司会を担ったベネッセ教育総合研究所の庄子に、一連のプロジェクトや先生たち、教育への思いを聞きました。
子どもたちの未来をつくる仕事。しかし多忙を極める日本の先生たちの今
学校で教育現場の最前線に立ちながら、日々子どもたちに対峙する日本の先生たちの現実を知るデータがあります。
グラフの通り、世界との比較で日本の先生たちの労働時間の長さは突出し、参加国(地域)中の最長となっています。最近のデータでも、文部科学省が公開している「教員勤務実態調査(2022年度実施)」で、過労死ラインともいわれる月80時間以上の残業をしている教員が、中学校で36.6%、小学校で14.2%いるなど、各種のデータから多忙を極める先生たちの姿が浮き彫りになっています。
GIGAスクール構想によって1人1台のタブレット端末支給が進み、今後はICTを活用したより質の高い教育の実現が期待される一方で、さまざまな課題を抱える先生たちに対する取り組みは道半ばとなっているのが現実です。
“ありがとう”を日本の先生たちに。日本でも「教師の日」を起点に交流し、よりよい教育を共に創る
日本ではまだあまり知られていませんが、世界において子どもたちの未来をつくる礎となる教育に携わる先生たちに感謝し、エールを送る日が、1994年にUNESCO(国際連合教育科学文化機関)が制定した「教師の日」(World Teacher’s DAY)です。
このような国際デーを通じ、世界中の教師に対する支援と理解を求め、教師が教育を行う権利と共に、将来を担う子どもたちが教育を受ける権利、それぞれの重要性を訴え充実させることがその狙いとされています。世界では100か国以上でこの「教師の日」を祝うイベントが行われ、国民の祝日として制定している国も珍しくないといいます。
日本でも、先生たちに「教師の日」を起点として感謝を伝え、先生たちのみならず、教育に関わっている・興味関心をもつ多様な人が集い、つながり、学び合いの中でエンパワーメントされる機会をつくりたい。そして、よりよい教育の未来に向かい共に進んでいきたい。その思いから実施されたのが、「教師の日ギャザリング2023」です。
これからの教育への示唆と刺激を得て、対話の中で思いを共有し合う
イベントの当日、子どもたちからの「先生、ありがとう!」のビデオメッセージが次々に流れた後、約200名もの参加者が一堂に会する場がスタート。
冒頭、「10年、20年先にインパクトが出るのが教育の本質。課題はいろいろあっても、教育のもつポテンシャルで、どんなわくわくした未来を拓くことができるでしょうか」という「Teach for Japan」代表理事の中原 健聡氏の投げかけの後、各セッションの合間には参加者同士の対話やつながりの場も設けられ、瞬く間に時間が過ぎていきました。
「明日からの教育を教師とともに考える」をテーマとした最初のセッションでは、戸田市教育委員会教育長の戸ヶ﨑 勤氏、前鎌倉市教育長で現在は文部科学省で次期教育課程の構想に携わる岩岡 寛人氏が登壇。戸ヶ崎氏から、先進的なICT活用・産官学連携の取り組みを次々に展開する戸田市の事例が紹介された後、岩岡氏からは、「子どもの視点に立った自治体のチャレンジ」として鎌倉市で行われた取り組みを交え、教育行政を通じた未来への思いが話されました。
その後、「教育に科学的根拠を」というテーマで、慶應義塾大学教授 中室 牧子氏からは、専門の教育経済学における最新の研究で見えてきた事実が共有されました。さらに、先生の人数が不足しているという課題だけでなく、子どもたちの非認知能力を伸ばすためには先生の質が重要であり、子どもたちにいかにしてよい影響をもたらすかの視点が重要、という提言がされました。
最後のセッションは、「ポストSDGs」のグローバルアジェンダともされるウェルビーイングがテーマ。予防医学研究者で医学博士の石川 善樹氏が登壇し、昨今注目が高まる主観的ウェルビーイングの点から、子どもたちの可能性を拓くヒントとなる事実と共に、「ウェルビーイングを高めるためには、子どもたちにとってたくさんの居場所があることが大切。そのためには先生たち自身がいろんな居場所をもつこともまた必要ではないでしょうか」という問いかけがされました。
「未来からの留学生である子どもたちに寄り添うために、人のつながりをもってチャレンジを積み重ね、これからの教育に貢献したい」というベネッセコーポレーション副社長の山河による挨拶の後、様々な気づきと示唆を得て、共有しあった会が終了しました。
先生、教育への思いある人たちがつながることで、日本の当たり前を見直すきっかけに
このイベントに司会の一人として参加したベネッセ教育総合研究所の庄子 寛之は、小学校の教師として長らく教壇に立っていた経験をもちます。後日、改めて庄子に話を聞きました。
「学校の先生に対する働き方改革を進めようという動きもありますが、教員採用選考試験の倍率は年々下がり、先生の数だけでなく質の担保も難しくなっている、というのが現実です。 こと日本では、“担任の先生がすべてを補う”という文化の中、小学校の教員でいえば英語教育の早期化、プログラミング教育の開始で以前は教えていなかった教科も指導する、GIGAスクール構想で一人一台端末が普及したらその対応…と現場はスクラップアンドビルドではなくビルドアンドビルド。年々忙しくなる実感がありました」
「これまでもそうした先生たちの現状に対し変えていこう、という活動を自分なりにしてきましたが、より多様な視点で考え、全国へと動きを波及し日本の教育をよりよくしたい、という思いでベネッセに入り、こうしたイベントにも関わるようになりました。実施を積み重ねる中で感じるのは、先生たちや教育への思いある人たちがつながる重要性です。参加した先生同士がつながり、そこからまた別のイベントが行われた、という話を聞いてなによりうれしく感じています。先生たちは多忙さもあり自分の学校がすべて、一部しか見えていない、ということがこれまでの自分自身にもありました。こうした対話を通じて、時間の問題だけではない働きやすさや働きがい、そして子どもたちのためにありたい教育について、みんなで思いを共有し、語りながら日本の教育現場や教育の当たり前を見直すきっかけになればいい。そのために、今後も活動をひろげ、先生の困りごとや声に耳を傾けながら、それを世界へと発信していきたいと思います」
「未来の教育を考える会」は、この後も様々な地域での実施が予定され、つながりと対話の場所は全国へと拡がっていきます。
情報協力
庄子 寛之
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 研究員
大学院で臨床心理学科を修了した後、道徳教育や人を動かす心理を専門とし、東京都内の公立小学校に約20年勤務。その傍らで「先生の先生」として全国各地で講演を行い、学級担任として接した児童は500人以上、講師として対面した教育関係者は2000人以上にのぼる。2023年度よりベネッセ教育総合研究所に所属。『子どもが伸びる「待ち上手」な親の習慣』(青春出版社)『学級担任のための残業ゼロの仕事のルール』(明治図書出版)など著書多数。女子ラクロス元日本代表監督でもある。