今やあちこちで聞かれるようになったキーワード、「ウェルビーイング(well-being)」。肉体的にも、精神的にも、社会的にもよい状態などと表現されますが、この大きな概念が教育の世界でも注目されています。OECD(経済協力開発機構)は、未来を生きる子どもたちの「学びの羅針盤(ラーニング・コンパス2030)」の中で、教育の目的はウェルビーイングを実現することと提示。そのビジョンを世界に共有しながらウェルビーイングを重視した教育を加盟各国に求め、日本でもその動きが急速に広まっています。

ベネッセグループで「子どもの未来にワクワクをとどける」をミッションに学校向けの校務支援システムなどを展開している株式会社EDUCOMでは、心と学びの記録・振り返り支援システム「スクールライフノート」を全国の小中学校向けに提供しています。子ども自身がその日、その時の気持ちを“天気”として登録。継続的な記録を客観的に振り返りながら心の変化や揺れをキャッチし、先生や学校が早期に必要な支援を行えるとして、多くの学校現場での活用が進んでいます。

子どもたちの今と未来に向けた成長に寄り添い、ウェルビーイングを支援するシステムはどのように誕生したのか。開発までの軌跡と、実際の学校現場での声を聞きました。

nonpii / PIXTA(ピクスタ)

多感な時期に、小学校や中学校で激増する不登校

心身の成長著しい幼児期から思春期へとさしかかる小学生から中学生の子どもたち。人生の礎ともなる大切な時期ですが、家庭環境はもちろん学校環境、友人との人間関係など、さまざまな要因から生じる小さなストレスや悩みを、誰しもがその過程で経験する多感な時期でもあります。

自分の気持ちをはっきり言語化して伝えることが難しい子どもにとっては、ちょっとした心の不調やSOSを内に秘めながら不登校へとつながるケースは多く、小中学校における不登校の児童生徒数は今や30万人に迫る規模まで膨らみ、大きな社会課題となっています。

小学校、中学校でそれぞれ不登校の児童生徒数が増加している。不登校となる児童生徒の約半数が長期(年間90日以上)の欠席で、人数では中学生が多いが、近年では小学生の増加率が高くなっている。

一方で、学校の先生は多忙を極め、世界との比較で日本の先生の労働時間の長さは突出しています(※1)。人数の多い都市部の学校を中心に、一人の担任の先生が30人以上の生徒を見るケースもあり、多様な子ども一人ひとりの心の変化に気づくことには限界があります。

そのような状況の下、GIGAスクール構想により全国の小中学校で導入が急速に進んだ一人一台の端末を活用して、子どもの心や体調変化の早期発見を支援するICTを活用したシステムへのニーズが高まっています。そして、学校や先生と子どもたちをつなぐツールの一つとして選ばれているのがEDUCOMの「スクールライフノート」です。

スクールライフノートでは、子どもたちが毎日簡単な操作で学校生活のさまざまなことを記録し、「気づき」を可視化することができる。子どもたちは、振り返りにより、自分を客観視してコントロールできるようになる力(メタ認知能力・非認知スキル)が向上し、「学びに向かう力」が育まれる。また、先生たちは子どもたちが記録した「気持ち」の変化や揺れを担任の先生一人だけでなく「チーム学校」として全体で共有しながら俯瞰して確認。適切なタイミングでの声かけや支援ができる。

※1:OECD「国際教育指導環境調査(TALIS)2018年」では、教師の1週間平均勤務時間は参加国平均38.3時間であるのに対し、日本の教師の平均勤務時間は56時間(中学校教育)と最も長かった。


心の変化を可視化し、日々の気持ちや学びを「振り返り」できる仕組みを作る

「スクールライフノート」の構想は、GIGAスクールという言葉が生まれる以前から始まりました。その開発初期から関わる、下村 聡(株式会社EDUCOM 取締役CSO)はその様子をこう振り返ります。

「EDUCOMは本社がある愛知県でスタートし、学校のさまざまな校務を支援するシステムを提供し続けています。愛知県の一部の地区では全国に先駆けて教室に1台の生徒用PCを導入するなど端末活用が進んでいたこともあり、早い段階から校務支援に加えて生徒の学びや日常を支える新しいシステムの構想をあたためていました。その後、大阪市のスマートスクール実証事業(自治体・子どもたちを長年見てきた先生方・企業が連携して新しい学校システムを作る実証事業)に参加したことが転機となりました。学校の先生と生徒の双方がシステムを介してつながり、データを集約・可視化して、効果的に活用するための検討と実証を行う中で、“先生が日々の子どもの様子を把握するためにどんなデータがあるとよいだろう?”という議論から、当時一部の教育現場では紙ベースで運用されていた『心の天気』をシステムとして実装することとなりました」

「これまでの子どもたちを取り巻くシステムは、どれだけのことを知っているか、をテストなどで測るといった使い方がメインでした。しかし、『スクールライフノート』の開発段階から、これからは一人ひとりが主体的に学びに向かう力やそのための非認知能力こそが重要な時代になる。そのために、『心の天気』という機能でまずは可視化しにくかった子どもの変化を見守ることから入ろう。そして、ゆくゆくは子ども自身が客観的に自らを振り返り、考えるためのサービスに私たちは真剣に向き合っていきたい。そう考えながら今の形へと改良を続けました」

「スクールライフノート」では、小さな子どもでも使いやすいよう、文字ではなく晴・曇・雨・雷の4つの天気から選んで日々の気持ちや授業ごとの学びを登録することができる。「黄色が好き、かっこいいから」と雷を選ぶなど選択の基準は子どもによって違う。ただし「継続的な記録の中での変化を見ていくことが大事」だという。ある日急に「雨」になったりすることで気持ちの揺れに気づき、声をかけるきっかけとなることも多い。また、子どもから伝えたい先生を選んでメッセージを送ることもでき、コミュニケーションや支援が必要な子どもの早期対応にもつながっている。

自分を知り、子ども自身が自らワクワクする未来を見つける支援を

実際に「スクールライフノート」を活用する学校現場での反応はどうなのでしょうか。学校でのシステム導入や支援を担当し、さまざまな先生の声に接してきた久保 勝(株式会社EDUCOM カスタマーサクセス部)は導入前後に見える変化を語ります。

「システムがなくても、子どもの表情を見ればわかる、という声もあります。しかし、そういう反応だった先生ほど、『スクールライフノート』を活用したことで“これまで見えていたのは、わかりやすい子だけだった”と気づきを語ってくださいます。積極的に先生に話しかける子、見るからに心配な様子がみて取れる子だけではなく、その中間にいる子どもの気持ちやその変化をキャッチしたり働きかけたりするきっかけになってよかったと。また、記録は先生方みんなで見ることができるため、例えば校長先生などの管理職の先生が、学校全体を俯瞰して子どもたちの様子を把握でき、“チーム学校”での運営や支援がしやすくなった、という声もいただきます。まさに、学校全体をつつみこみながら、子どもたちと先生をつなぐシステムになっていることを実感します」

こうした現場の実感が反響を呼び「スクールライフノート」は、全国の小中学校1,300校以上(※2023年12月時点)で活用されるようになりました。

最後に、久保と下村にシステムの提供を通して子どもたちに伝えたいことや夢を聞きました。

「『スクールライフノート』は、その名の通り「毎日の学校生活に寄り添うノート」となるシステムで、日常の延長線上にありたい姿を思い浮かべながら、自分自身の気持ちや学びを俯瞰して振り返ることができるのが大きな特長です。大人でも目標を立てて振り返りながら実行していくことは難しいですが、子どものころからこうしたシステムを活用して自然にそれができる子どもが増えれば、社会はより前進していくのではないかと思います。このシステムのアイデアをくださった玉置先生(岐阜聖徳学園大学教授、「授業と学び研究所」フェロー)が以前に学校の先生におっしゃっていた『あなた(先生)は子どもたちが卒業した後も一生寄り添えるか?子どもが自分自身で生きる力を身につけられるか?』という言葉があり、これは同時に『スクールライフノート』と私たちにも問い続けられている言葉だと感じました。子どもたちが、変化の激しい時代を生きていく力を自分でつかみ取るきっかけとなるサービスとして、『スクールライフノート』があり続けられるように。これからも先生方・子どもたち一人ひとりの声を大切にしながら、一緒に歩ませていただければと思います」(久保)

「EDUCOMは、ミッションとして掲げる『子どもの未来にワクワクをとどける』を本気でやろう、と日々みんなで向き合っている会社です。世の中の変化は激しく、受験や学校のありかた、価値観も大きく変わっています。勉強して大学に行けばなんとかなる時代は終わりを迎える中で、最後に答えを出せるのは自分しかない。教科の学び自体はどこでも身につけることができるかもしれませんが、他者との関係の中で強みや弱みを把握し、いかに自分について考えるか。そして、例え目の前のことに失敗しても折れずに自分なりのワクワクを見つけ生きていくか。学校という場や地域で多くの人と子どもを見守り育てながら、子どもたちが自ら未来を切り拓くことができるよう、寄り添える支援をしていきたいと考えています」(下村)

創業以来取り組んできた「元気な学校」づくりの支援と、「子どもの未来にワクワクをとどける」ために。EDUCOMの次世代学校支援システムの進化は続きます。

情報協力

株式会社EDUCOM

下村 聡(しもむら さとし)取締役CSO(最高戦略責任者)

京都大学を卒業後、ベネッセコーポレーションに勤務。同ニューメディア研究所においてマサチューセッツ工科大学メディア研究所と共同で教育用ソフトウェアを開発。その後、約10年間米国にて教育用ソフトウェアの開発、経営コンサルティング等に従事する。
帰国後は学校経営コンサルタントとして多数の私学の教育改革・学校評価等のプロジェクト、文部科学省の第三者評価に関する調査研究などを担当し、2008年にEDUCOMに入社。営業部部長、教育システム部部長を経て、現在、取締役CSO(最高戦略責任者)、エデュコム教育システム研究所所長を兼任。

久保 勝(くぼ まさる)カスタマーサクセス部

大学時代は教員養成課程で小学校・中学社会・職業指導(キャリア教育)の教員免許を取得。大学時代に立ち上げたNPO法人で活動しながら、卒業後一般企業での勤務を経験したのち、2019年にEDUCOMに中途入社。カスタマーサポート業務を経て現在はカスタマーサクセス部でお客様満足度やご要望に関する調査や分析、そのための仕組み作りなどを行いながら、カスタマーサクセス実現とその提案に取り組んでいる。

スクールライフノート

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