少子高齢化と都市部への一極集中で、全国において課題となっている地方の高齢化や過疎化の進行。その地で代々受け継がれてきた貴重な文化や自然・景観を残しながら、いかにして持続可能な地域をつくるか。SDGsやサステナビリティの実践が求められる社会における大きなテーマの一つです。

その中で「一生に一度は訪れたい場所」として、国内のみならず世界中から多くの人が訪れる場所、それが瀬戸内海に浮かぶ小さな島、直島です。かつて高度成長期の負の遺産を引き継いだ一連の地域で、ベネッセアートサイト直島(※)は30年以上もの長きにわたり「よく生きる」の具現化と地域の再生に貢献する活動を続けています。

3年に一度行われる「瀬戸内国際芸術祭2025」が始まったばかりの今。広くは「アートの島」として知られる直島や瀬戸内の島々が抱えている地域課題とは。その課題に向き合いながら、アートを媒介に自然、地域、そして人間の生き方を探求するという、世界に類をみないユニークな活動を続けるベネッセアートサイト直島の取り組みとは。2回にわたる記事を通じてその軌跡、さらに最新の活動に迫ります。

※瀬戸内海の直島、豊島、犬島を舞台に株式会社ベネッセホールディングス、公益財団法人 福武財団が展開しているアート活動の総称

地域の未来を見すえた30年以上の活動 #1

3年に1度開催される「瀬戸内国際芸術祭」が開幕

大阪での万博がスタートして大変な活況が見られる中で、今年はもう1つ注目の国際的なイベントが行われています。それが、瀬戸内の島々を舞台に、3年に1度開催される現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」です。直島では、2025年5月に新しく「直島新美術館」の開館も控え、国内外から多くの人が訪れることが予想されています。

2025年4月18日に春会期がスタートした、「瀬戸内国際芸術祭2025」。春、夏、秋の季節ごとに瀬戸内の魅力が体験でき、期間中は約100万人もの人々が国内外から訪れる日本を代表する国際的な芸術祭となっている。

この地で、30年以上の長きにわたり活動を続けているのが、ベネッセアートサイト直島です。今でこそ多くの人にアートの島として知られる直島や瀬戸内の島々には、かつて別の側面があり、その中でベネッセアートサイト直島の活動は始まりました。


高度成長期の負の遺産を引き継いだ地で始まった独自の活動

現在では世界各国の多くの人を魅了するようになった瀬戸内の島々ですが、古くよりその沿岸部や島内に銅鉱山など豊富な資源を保有していたことから、1900年前半のいわゆる高度成長期には鉱石を処理するための大規模な精錬所が直島にも設立され、やがて重工業の発展とともに日本の近代化や戦後の発展を支える場所となります。

その一方で急速に進んでいったのが、精錬所から排出される亜硫酸ガスによる大気汚染などの環境問題です。直島は日本で最初の国立公園に指定されるなど、美しい景観を誇る地であったにも関わらず、工業が盛んだった北側の地域では木々が枯れるなどの被害が相次ぎました。隣接する犬島でも、煙害対策として本土から銅の精錬所が移設されるも、10年ほどの操業の後は産業の後退とともに取り残される事態となり、豊島には都市生活や工場から出た産業廃棄物が大量に不法投棄され、島民の健康被害とともに深刻な土壌汚染が大きな社会問題となりました。また、大島にはハンセン病の人々を収容する療養施設が作られ、長い間社会から隔離され続けてきました。美しい島々の自然、島に暮らす人々は様々な問題に痛めつけられ、同時に高齢化や過疎化も進んでいったのです。

そうしたさまざまな課題を抱える地域で、ベネッセの活動が始まります。「瀬戸内海の島に世界中の子どもたちが集える場をつくりたい」とベネッセの前身である福武書店を岡山の地で創業した福武哲彦氏と、直島の南部を教育的な文化エリアとして開発したい、と思い描いていた当時の直島町長である三宅親連氏の思いが合致したことがその発端となりました。

そして、哲彦氏の急逝の後にプロジェクトを引き継いだ福武總一郎氏によって1989年に直島国際キャンプ場が開設されます。さらに、「瀬戸内の自然と文化を踏まえたアートサイトとして、この地を再生させる」という總一郎氏の強い思いと共に、1992年には美術館とホテルが一体になったベネッセハウスミュージアムを開館。以来、ベネッセアートサイト直島は受け継がれた歴史や文化、日本の原風景ともいえる自然を大切にしながら、アートや建築を融合した独自の活動を今日にいたるまで展開しています。

福武哲彦氏と三宅親連氏(左)。1992年に開館したベネッセハウス ミュージアム(右)撮影:山本糾。その後、1998年には古い家屋を改修して作品化した家プロジェクト、2004年に“自然と人間との関係を考える場所”をコンセプトとした「地中美術館」、2008年には犬島で「犬島精錬所美術館」、2010年には豊島で「豊島美術館」と多角的なアートプロジェクトをベネッセアートサイト直島は次々に公開。さらに、2010年からは香川県を中心とする瀬戸内国際芸術祭実行委員会が主催する「瀬戸内国際芸術祭」の会場の一つとしても参加するようになった。

一連の活動の起点となっているのは、1990年に発表されたベネッセの企業理念「Benesse(よく生きる)」。ラテン語の「bene」と「esse」の造語で、英語では「Well-being(ウェルビーイング)」を意味するこの理念のもと、ベネッセは人の可能性を拓き、成長をサポートする「人を軸」とした事業を展開しています。ベネッセアートサイト直島においては、訪れる人々が「よく生きる」とは何かを考える場所となることを目指して活動が行われています。

30年以上続くその活動の中で、多くの変化も生まれました。地域一体となった活動を通じて、直島では定住者や訪問者も増加。活動のフィールドは周辺の島々にも拡大し、様々な地域課題に苦しんできた瀬戸内の島々が、現代アートと共に日本を代表する場所へと変貌を遂げました。

変化の一例として、高齢化や過疎化の問題を抱えていた直島では、若者世代の定住者の割合も増えたほか、島を訪れる訪問者の規模は各段に増え、日本における地域再生の代表的なモデルエリアとして知られるようになった。

実際に暮らす中で見えた、島と自らの生き方の変化と未来

実際に島に住む方は、どのようにその変化を見つめながら暮らしているのでしょうか。直島に定住されている2人の島民の方にお話を聞きました。
直島にお住まいの方への特別インタビューと共に、ベネッセのサステナビリティを動画でご覧いただけます。

見つめてきた変化と「よく生きる」の体感

結婚を機に直島に住むようになって40年以上の坂口博子さんは、ベネッセアートサイト直島のツアーガイドとして働きながら来島される様々な方に作品や場所を案内されています。


「勤めていた診療所がなくなることになって仕事を辞めた時に、ちょうど1回目の瀬戸内芸術祭が開催されて。縁があってこの仕事を始めることになりました。以前はただの田舎だなあと思いながら住んでいましたが、たくさんの方が島に来られるようになって。アートと自然があって、のんびりした空気感を感じられながら、みなさん「こんな場所はない」という話をしてくださいます。そんなふうに島外の方と接する中で、改めて気づく島の魅力がたくさんありました」

「島の人の変化も感じます。以前であれば島の中でおじいちゃん、おばあちゃんたちは海外の方に話しかけられるとひゃっと驚いて逃げることも多くありましたが、今では言葉が通じなくてもみんな身振り手振りで道案内をしています。あるご主人は、夕方になるとポケットをパンパンに膨らまして出ていくので、奥さんがどこに行くんだろう?と思って見に行ってみたら、バスや船に乗り遅れた方にポケットから出したアメを配って次の便の案内をしていたそうです。そんな話をみんなでして、笑い合いながらやっぱり変わったなあと思いますね」

「元々、普通の主婦のままで年をとっていくのかなあ、でも何かをしたくても島には何もない。そんなふうに思っていました。でもこうしてガイドとして働いていろんな方とお話して、日々たくさんの出来事があって。そんな刺激がある毎日の中で、年をとっていくことができるのは願っていた通りじゃないかと思います。ガイドのために夜遅くまで資料を広げて原稿を作って勉強し直したりしていると、主人からは「あんたバイトやろ。頑張るな、その歳で」と言われたりもします。そんなときに「私、頑張ってるな。ちゃんとよく生きようとしているな」って思います」

自分の生活を自分で作る、島での生活

東京から直島へ。夫婦で移住し、現在カフェとゲストハウスを経営する川﨑光紘さんは、生活の変化と共に、今後に向けての思いを語ってくださいました。

「元々、東京でテレビの仕事をしていて、一日30時間あるようなサイクルで働く生活を送っていました。夫婦2人で働いていましたが、子育ても視野に入れてこれから住む場所を考えていた時、妻が学生時代に訪れた直島がずっと印象に残っていて「いっそ島で暮らさない?」と提案されました。その後、移住を視野に島に行ってみると、アートや海が凝縮されて実生活に溶け込んでいる。そんな、ほかにない環境に強く魅力を感じました。そして「いつか仕事をリタイヤしたらゲストハウスをやりたい」そう思っていた、いつかの遠い夢を前倒しして2016年に島に移住しました」

「直島で生活するようになってからは、いろいろなことをやりながら「もっとこうかな、ああかな」と考え日々試行錯誤して過ごしています。東京で会社員をしていた時は、自分以外の都合や仕事でコントロールできないと感じることがよくありました。でも、今は自分の生活を自分で作っている感覚。さぼった分はすべて自分に跳ね返ってきますし、頑張ったら目に見えて成果もある。それが面白く、一番大きな変化かなと思います」

「直島にいると、世界中から人生のベテランのような方がたくさん来て、みなさん直島いいね、すごいねと話してくれます。人と、アートがある環境と、瀬戸内海の景色とがミックスした特別な場所。そんな直島ならではの価値と町を存続させたい。そのために、訪れる方には地域に溶け込むように過ごしていただき「直島に来てよかった」と思ってもらいながら、一方では多少不便であったとしても守りたいものは何かを考えて、今よりもっとよい10年後、20年後につなげていきたいですね」

それぞれに生き方に大きな変化がありながら、島の未来と自分を重ね、自分らしい人生を歩んでいる。そんな様子がお二人の話からうかがわれました。後編記事では、ベネッセアートサイト直島の広報担当者に、瀬戸内国際芸術祭の見どころと共に最新のベネッセアートサイト直島の活動や、自らも島に移住し活動を伝える一人としての思いを聞いていきます。

情報協力

ベネッセアートサイト直島
https://benesse-artsite.jp/
瀬戸内国際芸術祭2025
https://setouchi-artfest.jp/