はじめに~FSP研究会の議論と実践~
FSP研究会での議論
FSP研究会では当初、「大学は社会が求める人材を輩出できていないのではないか」という声が根強いことを課題としてスタートした。そこではまず、これからの社会で求められる力はどんなものか、それはどのように育成できるかが議論された。その結果、課題解決能力やコミュニケーション能力等の基盤として必要なものが「主体性」であり、すべての能力を発揮するためのエンジンのようなものである。この主体性をこそ、大学の学びで引き出すべき、との結論に至った。
しかし、「主体性」は教えられて引き出されるものではない。答えのない課題に対してゼロから考え、やり抜く体験が必要である。この、「『主体性』を大学教育でどのように引き出すか」という問いを実践によって研究し、知見を広く社会に共有すべく、2011年4月より複数大学で産学による実験講座(以下、FSP講座)を実施している。このFSP講座は、企業からの課題に対し、学生がグループワークを重ね、アイデアをプレゼンテーションし、それを企業が評価するという体験型学習(PBL:Project Based Learning)の形式を取っている。
過去の実践研究により、学生の多くが自ら学びに向かうことの大切さと、社会の広がり、自分に必要な学びに気づくことがわかった。同時に、FSP講座のようなプログラムを他の大学に広めるにあたっての課題も浮き彫りになった。
「主体性を引き出す」ことを目的としたFSP講座
どのようにして「主体性を大学教育で」という結論に至ったかについてまず言及したい。FSP研究会での、学生の現状についての見解は以下のようなものである。
学生の多くは、自分の志向に合ったモノ、経験したことがあるモノに対しては自発的かつ積極的に取り組む。採用現場や新人研修の場で感じるのは、むしろ課題解決の面では「優秀な学生」は多いという事実である。しかし先行き不透明な状況で、経験したことのないような課題に出遭ったとき、もしくは何が課題かも不確かな場合に、「自律的に立ち向かう」という姿勢については足りないのではないか。
もちろん、現状でもすでに主体的に活動する学生は存在する。学外でのアルバイト経験やサークル活動といった体験を通して学ぶこともできるだろう。しかし問題は、学生の多くを占める「指示されれば動くが、自分からは動けない層」をどうするか、である。こうした「普通の学生」の主体性を引き出し、学びに向かわせ、社会全体の底上げを行う役割こそが大学に求められているのではないか。
議論の末、こうした体験の場・機会を大学に用意すべきとの結論に至った。そして、体験を通じて学びの意欲を高める目的でPBL形式の講座を開発することとなったのである。
FSP講座の概要
以上のような議論を経て「主体性を引き出す」ことを目的に組み立てられたFSP講座は、以下の点で一般的なPBLとは異なっている。(標準的な進め方は表1を参照)
表1.FSP講座の標準的な進め方
1)大学入学直後の4月から前期の14コマで実施(一般的なPBLは3年になってからが多い)。
2)14コマで企業2社の事例を扱う(一般的なPBLは1つの授業で1社のケースが多い)。
3)教えすぎない。授業内で教えるスキルは「議論の進め方」「クリティカルシンキングの基本」など最低限にとどめる。
4)企業事例ごとに、また講座の最後に、自らの活動を振り返る「内省・省察」する機会を設定。
5)講座の最後にシラバスなどをもとに今後の大学での学びについて考える機会を設ける
FSP講座での学生と企業のやりとり
以下、1)~5)の項目を踏まえながら、FSP講座の概要をまとめる。
・先入観のないうちに、主体的な学びへの転換を促す
1)で示したように、一般的なPBLが3年で実施されることが多いことに対して、FSP講座は1年の前期に実施する。目的は、高校と大学の学びの違いに早期に気づき、「学びの転換」を促すことにある。高校まではほぼすべての学びに「正解」があり、それを速く正確に再生することが重視される。一方で、大学での学びは「答えが一つではない課題に自分なりの答えを見出す、また、誰も気づいていない課題を発見し、答えを導く」ものだといえる。これは社会で必要とされている「主体的な学び」そのものである。高校までの学習観に慣れた大学生に、できるだけ早く両者の違いに気づく体験の場を用意し、学びに対する姿勢を変えることで、2年以降の大学での学びがより高度なものになる効果も期待される。
・社会や学びに対する視野の広がりを促す
一般的なPBLでは一つの講座・授業で1つの企業課題(もしくは1年を通して1つの課題)というケースが多い。これに対してFSP講座では学生は半期に2つの企業課題に取り組む。
出される課題は、どれも企業で実際に取り組まれている「答えのない」課題である(表2)。企業からは実際の現場とほぼ同レベルのフィードバックがある。学生は当初、答えを求めて活動しているが、こうした課題とフィードバックに触れ、「企業活動では答えのない課題にも果敢に挑戦することが求められる」という事実を知る。また、前半ではBtoCの企業から、後半ではBtoBの企業からと、複数企業の事例に触れることで企業によって価値観が異なること、社会には自分の知らない企業もあり、それぞれに役割・位置づけが異なるということにも思いをはせることになる。
多くの学生が3年の就職活動時点で気づく事実を1年のうちから知ることで、社会に対してだけでなく大学での学びに対しても広い視野を持って臨むことができるのではないかと考えている。
同時に一般的なPBLでもすでに知られているように、グループワークによる協調的な学びの姿勢や他者とのかかわりを通しての視野の広がりも当然効果として織り込んでいる。
表2:各企業から提示された課題
アステラス製薬(株) | あなたは、山之内製薬と藤沢薬品が対等合併し、誕生したばかりのわが社の認知度を上げる為に各部署から集められたプロジェクトメンバーの一員です。アステラス製薬のコーポレートブランドを世の中に周知するための施策を提案しなさい。 |
日本オラクル(株) | あなたは、オラクルの社員です。クライアントである通信系企業から、スマートフォンのビジネスでの有効活用とその仕組みに関して提案をしてほしいと依頼が来ています。情報を意識して、チームで協議し、クライアントに提案しなさい。 |
サントリーホールディングス(株) | あなたは人事本部から「人材育成革新プロジェクト」のメンバーとして指名されました。社会人・企業人に求められるものを考察し、新入社員の育成について、具体的な施策を提案しなさい。 |
(株)資生堂 | あなたは、SEA BREEZEの担当者です。競合ブランドから首位を奪い、NO. 1のポジションを磐石化するためのブランド育成戦略を提案しなさい。 |
野村證券(株) | あなたは野村証券の社員です。より良い社会を実現するために魅力的と考える投資対象を決め、その根拠も示しなさい。 |
(株)ベネッセコーポレーション | ベネッセは東南アジア展開を検討しており、あなたは社内から集められた検討メンバーの一人です。インドネシアに進出するにあたり、どんな事業をどんな手法で展開するか?を経営幹部にプレゼンしなさい。 |
・「教える」のではなく、「気づかせる」工夫
3)で示しているように、企業課題に取り組むにあたって紹介するのは最低限のスキルだけである。これは、事前にスキルについて指導すると教えた範囲でしか思考しないのではないか、むしろ一度自由にやって失敗し、自分に足りないものを内省によって明らかにするほうが学生自身の気づきをより効果的に促せるのではないかとの仮説から、導き出した方針である。
前項で触れた「半期で2つの企業課題」を扱うのも、1つ目の企業課題での失敗を内省→概念化し、2つ目の企業課題で実践するプロセスを短期に経験させることを想定したものである(表1)。
また、5)の具体的事例として、学生には「自分に足りなかったもの」がどんなもので、今後の学生生活(大学での学び、学外活動など)でどのように身につけていくつもりかを1人1分程度で発表させる。PBLによる活動をやりっぱなしの「面白い体験」ではなく、大学の正課として次の学びへつなげるために必要なステップと考えている。
講師と企業の役割
さらにここでFSP講座における講師と企業の役割について触れておきたい。
講師には、講座を実施する大学の教員もしくは社会人研修経験のある外部講師を起用している。講師は「教えすぎない」をコンセプトに、「答えのない学び」に向かう学生のサポート役に徹し、学生自らが考え行動するように促す。
「主体性」をテーマにしたこの講座の目的は「うまく企業のオーダーに答える」ことではない。学生が自分に不足しているものに気づき、今後の学生生活をどのように過ごすかを考えるきっかけの講座である。講師の立場とすれば、ともすれば、議論をうまく誘導することに執心しがちなところをいかにファシリテーターに徹するかがこの講座の鍵である。PBLを行うにあたって「何を教えればいいか」と悩む声を聞くことも多いが、この講座に限っては「教えること」よりも学生に対し「なぜ?」を繰り返し、自主的に考える引き出し役であることのほうが重要だと考えている。
講座に参加する企業にも同じことが言える。学生に何かを教えるのではなく、あくまで学生が主体的に学ぶきっかけを用意する役割を担うのである。
企業が参加するのは、前半・後半それぞれのパートの「企業からの課題出し」「中間発表」「プレゼンテーションと講評」の3回(表1)。企業はまず自社および業界の紹介、課題の提示を行う。それは単なる企業紹介ではなく、自らの体験も含めた現場の話である。学生が「働く」ということをリアルにイメージし、企業という「箱」ではなく語る社員に対して憧れを抱き、課題にのめり込むことを狙っているのである。中間発表では、学生が発表する議論の進捗や課題解決の方向性に対してフィードバックを行う。現場での課題解決の考え方に基づく具体的なアドバイスをする。最後のプレゼンテーションと講評では、企業と学生それぞれの評価(学生は相互評価)を行い、学生と企業の視点の違いが体感できるよう工夫している。企業側は学生を学生扱いするのではなく、「部下」「社内の後輩」として対峙することで、学生の「本気」を引き出すのである。
企業と大学が、講座の目的が「学生の成長」であると目線合わせをし、引き出し役に徹することができるかどうか。FSP講座の肝ともいえる部分である。
学生の主体性は引き出されたか
以下にFSP講座の受講生の変化をまとめる。
図1:Q.「講座で学んだことは何か」に対する学生の回答(講座実施大学のうち、1大学でのアンケートより)
図1に、FSP受講者の最後の振り返りにおいて、受講生が発言した「この講座から学んだこと」を趣旨別に分類した。最も多かったのは、「チームの中で、自分の意見をチームメンバーに伝え、理解してもらうことの難しさ」であり、およそ1/3の学生がその点に言及していた。一言ではコミュニケーション能力ということになるが、自分の意見に説得力を持たせるための論理性、証拠・データに基づくことの重要性、話題となっているテーマから外れないようにチームに貢献すること、といった要素を含んでいる発言である。表3には、その発言の一部を抜粋している。学生が自分の意見を持つこととそれを他者に的確に伝えることの難しさ、必要性を講座から学んだこと、今後学んでいこうという姿勢がうかがえる。
表3:受講生の声(一部抜粋)
学部 | 性別 | 学んだこと | 今後取り組んでいきたいこと |
文 | 女 | メンバー全員のコミットがチームのパフォーマンスに影響するということ | 頭で考えすぎた。行動に移すことが重要。集団へのコミット力を高める。 |
文 | 女 | 自分の意見を、他者に論理的に説得力を持って説明することの難しさ。 | 自分で進んでやることが重要だと思ったので、何でも進んでやりたい。 |
法 | 男 | 社会のリアルな場がわかった。身の振る舞い方や考え方がわかった。 | 今のまま社会に出るのはマズイことがわかった。苦手なことを避けず、社会に出る準備をしていきたい。 |
法 | 女 | 社会人のすごさをリアルに感じたこと。(自分の親はそんなことできているのか?)発表の裏には何十倍の努力がある事。 | 自分でしっかり勉強すること。 |
理工 | 女 | 自分の意見を持ち、言うことの重要性。グループで活動することで1人ではできないことができるということ。 | 理系なので今後個人ワークが増えるが、話し合いの場で自分の意見が言えるようになること。 |
経済 | 女 | 集団の中で意見を言っている自分を客観的に見れるようになったこと。自分の意見が、他者や企業にどれだけ通じるかを実感できたこと。課題が多く見つかったので良かった。 | 経営学を学んで、それを使って社会に貢献できるように活かしたい。 |
図2:授業外の活動にかけた平均時間(講座実施大学のうち、1大学でのアンケートより)
図2には、FSP受講生の、講座時間外の活動時間の変化をまとめた。この講座のために使った一人当たりの時間の平均は75.8時間。これを15コマで割ると、1コマ当たり平均5時間程度を費やしていることになる。特にグループミーティングの時間が多いのは、個人ワークでは自分が理解するだけでよいが、グループワークだと相手に理解させる必要が出てくるからであろう。また、特記すべきは、1企業目よりも2企業目の方が講座外で活動した時間が個人活動、グループミーティングともに増えていることである。2企業目はBtoBの企業であり、出される課題も学生にとって馴染みのないものであるにも関わらず、自律的に活動できている点は評価できるのではないかと考えている。
こうした変化は数字の上だけでなく講座に参加している企業側も肌で感じている。特に中間発表時から最後のプレゼンテーションまでの変化には「所詮14コマだろう、と思っていたが、想像以上に成長や変化を実感できた」との感想がある。
今後の課題と抱負
以上のように、入学直後から社会のリアルな空気に触れ、社会とのギャップに気づくことで、学生が主体的に行動することの重要性を理解することは可能であり、学生に残りの大学での学びに期待させる効果もあることがわかった。
もちろん、このFSP講座が現状の大学教育の課題をすべて解決できるというわけではない。大学1年の4ヶ月間だけの刺激で、大学生が完全に変わってしまうわけでもない。FSP講座は、学生が自分に足りないものを自覚し、そこから専門の学修やスキルを学ぶため大学4年間の学びを設計していく始点である。この始点を受け、大学・学部のカリキュラムがどうあるべきかを考える必要がある。
また、FSP講座がとりわけ特別なプログラムというわけではないと自認しているものの、FSP研究会メンバーの、特に企業側のプログラム立案への参画と献身的な授業参加があったことで「目的」と「PBLという形式」がうまくかみ合ったのも確かである。こういったプログラムを継続していくためにも、企業をどう巻き込むか(大学が主体的にプログラムを運営し、企業負担を抑えるか)という観点での見直しを続けていく必要がある。
このように、講座内容を改善し広めるためには解決していかねばならない課題はまだまだ多い。しかしともすれば「特別な教員の特別なプログラム」に留まってしまいがちなこうしたプログラムを、数多くの大学・学部の標準的な取り組みになるようにしていきたい。そのためにもFSP研究会は、今後も知見を公開し、広く意見を交換することを通して、学生の成長に資する活動を引き続き行っていく考えである。
<参考>
※FSP研究会のこれまでの活動詳細は、「過去の活動報告」より閲覧できます。
〔2013年3月14日 第19回大学教育研究フォーラム寄稿論文より抜粋 〕