取材レポート 2025-03-03

人生をウェルビーイングに生きるヒント。前野先生に聞く、ライフステージごとのウェルビーイングの高め方

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社会が大きく変化し見通しがつくにくい時代。「人生100年時代」とも言われる中で、より長期スパンで人生を捉えながら、いかにして希望を持ち続け、学び、働き、生きてくか。それぞれのライフステージで正解のない生き方を模索する人が増えています。

そして、そのような時代の中で台頭してきたキーワードがウェルビーイングです。少子高齢化が進む成熟社会で、経済価値とは違う豊かさの追求からウェルビーイングという概念への社会からの注目も高まり続ける一方、ウェルビーイングに正解はなく、この抽象的で大きな概念をどう捉え、実践していったらよいかわからない。そんな声も届いています。

そこで、「ベネッセ ウェルビーイングLab」(以下 「ラボ」)は、日本でいち早く幸福学やウェルビーイング研究にアプローチし、日本人にあった 「幸せの4因子」 を提唱されている前野隆司先生にインタビュー。こどもから年を重ねていく、それぞれのライフステージにおけるウェルビーイングへの向き合い方について解説をいただきました。

2025年1月。日本で初めてウェルビーイング学部が開設された武蔵野大学の研究室で、晴れやかな笑顔で出迎えいただいた前野先生。そこで伺った、一度きりの人生を 「幸せに生きるためのヒント」 を記事にしてお届けします。

【インタビューのお話をまとめた動画でもご覧いただけます】

(動画を見る方はこちら。記事をご覧になる方はそのまま下にお進みください)

語源は 「ベネッセ」? 学術的な研究成果と、世の中のニーズが一致したことで拡大へ

改めて、ウェルビーイングとは。昨今その注目が高まる背景についてどう考えていらっしゃいますか。

「ウェルビーイング(well-being)というと、WHO(世界保健機関)による定義( 「身体的・精神的・社会的に良好な状態」 )を元に説明されることが一般的ですが、その語源は実は 「ベネッセ」 なんですよね。ラテン語の 「ベネッセ」 、イタリア語では 「ベネッセレ(benessere)」 ですが、16世紀にこの言葉を英語に訳すときにウェルビーイングになったとされています。その後、WHOの健康の定義で使われ世界でメジャーな言葉になってきたのが1940年代頃。日本でも、ここ数年で一気にひろまってきたのはある種“時代の要請”だと思います」

「拡大した要因は2つあると考えています。1つは学術的なウェルビーイング研究が進んだこと。特にサブジェクティブ・ウェルビーイングといわれる主観的な幸福研究によって、例えば幸せな人は健康で長寿でもあるとか、生産性や創造性も高い、欠勤率や離職率も低いとか、そういった成果がたくさん見つかり、蓄積されてきたことがあげられます。もう一つは世の中のニーズ。環境問題や貧困問題などもそうですが、さまざまな問題を抱える中で、人が幸せに生きにくい社会といえます。だからこそ、幸せに生きることをもっとちゃんと考慮して生きていこうと考えるようになってきた。こうした学術研究の成果と世の中のニーズとが一致した結果、急激にウェルビーイングというキーワードが拡がってきているのだと思います」

終始和やかな雰囲気でお答えいただいた前野先生。

ライフステージごとのポイントを押さえて、健康と同じようにウェルビーイングに“気を付ける”

これまで研究を重ねられてきた中で、ウェルビーイング度の高い人の特徴とは?

「研究者として分析をした結果で見えた 「幸せの四つの因子」 でお答えしたいと思います。これまでの幸せやウェルビーイングに関するたくさんの研究をまとめると、つまりはこの四つの因子で表せるのではないか、ということなんです。1つ目は 「やってみよう」 因子。やりがいとか、夢や目標、ようは主体性をもって活き活きと何かをやってみよう。そう思いながら生き、働いている人は幸せだということ。2つ目は 「ありがとう」 因子。感謝だけではなく、人と人とのつながり。 「利他」 ともいわれますがそういった人との良い関係がある人は幸せだということ。3つ目は 「なんとかなる」 因子。前向きと楽観性を表す因子で、ポジティブに楽観性をもってチャレンジする人は幸せです。そして4つ目が 「ありのままに」 因子。あるいは 「あなたらしく」 因子とも言います。他人と自分を比べすぎずに。自分は自分、他人は他人と、自分らしい軸をもって生きている人は幸せだということです」

幸せの4つの因子。参照:前野隆司氏・前野マドカ氏の書籍 「ウェルビーイング」 より、ベネッセホールディングス作図

「この4つを満たしている人は幸福度が高くて、どれかを満たさないと少し幸福度が下がり、4つとも低い人は幸福度が低いという結果が明らかになっています。4つの因子からウェルビーイングを測ることができるツールもありますので、(前野先生と株式会社はぴテックが共同開発した 「幸福度診断Well-Being Circle」 )、そういったものも活用して。自分はどこが高くて、どこが低いのかを把握しながら、いかにしてこの4つのバランスを取るよう意識することがとても大切だと思います」

人の一生の中で、ライフステージによってウェルビーイングの高め方に違いがあるのでしょうか?それぞれ教えてください。
  • 幼少期個性を生かす 「ありのままに」 を大切に。まず親が幸せに生きる

    「日本で気になるのは、もっと 「ありのままに」 因子を高めなければいけないんじゃないかということ。人と自分を比べすぎることはあんまり幸せなことではないです。にもかかわらず、誰かと比較したり、序列付けのようなことをしてどう欠点を減らすか。どちらかといえば画一的な人を育てる、というのがこれまで重視されてきた教育であったように感じます。でも、AIなども発展する世の中では、得意と苦手がばらついてもいいから、もっと人間はとんがってより個性を生かしていく-そんな方向へと導くような接し方や、教育が必要ではないかと感じます」

    「そして、こどもというのはすごく純粋で、親のあり方から学びます。見本にならなきゃいけない親も大変ですよね。じゃあどうすればいいのかというと、実は簡単。ただ、幸せに生きていればいいんです。こどもを育てなければ、と思って必死に頑張り過ぎずに。自分が幸せに生きて、こどもは共に育つ。むしろ、子育てを通じて自分が育つのであって、こどもは自分を育ててくれるんだ。そんな風に発想転換してみてはいかがでしょうか」

  • 中高生・思春期会話だけではない 「あり方」 を大切に、愛情をベースに見守る

    「この時代を反抗期とも言いますが、その名前も変で。親から 「自立する時期」 ですよね。こどもは自立するために、親に対して時には反論も含めて議論したり、あるいは親から離れようとすることもあるかもしれません、実際のところ私の家族でもそういったこともありました(笑)。親からすると、自分と真反対の言葉を返されたり、会話が減ったりで 「どうしよう」 と悩む方もいるかもしれません。でも、言語だけが会話なのではなくて、大切なのは 「あり方」 なのだと思います」

    愛情をもって、とにかくその子を見守る時期だと思うんですよね。それがこどもにはちゃんと伝わります。そして、こどもというのは不思議なもので年齢を重ねると本来の能力が出てくる、とも言われています。ですから、親である自分とその子を信じて、一生懸命になり過ぎない。時には喧嘩して怒ったりして反省することがあっても、愛情のベースがあればちゃんとこどもは成長するので大丈夫。そう思うぐらいでいいんじゃないかと思います」

  • 働く世代、子育て期後半人生を楽しみに、小さな生きがいの種を見つける

    「幸福度を測った年代別の統計グラフを見ると、これは日本だけではなく世界で、大体40代から50代くらいの多忙な働く世代においてスコアが下がり、底となります。しかし、一般的にはそこを超えると右肩あがりに上がっていくわけです。つまり人間は後半の世代になれば、どんどん幸せになっていく。いずれそうなるものだと思って、まずは安心して楽しみにしていればいいと思います」

    「とはいえ、それは平均値の話なので。人によって差があり、それは年齢を重ねるほどに大きくなっていきます。予防策は何かといえば、健康と同じように幸せに気を付けるということです。そして、こどもがいる方であればこどもはいずれ自立して離れていくものですし、こどもの有無にかかわらず、友人とか大切な人とか、そういう人との関係性をずっともつこと。それから、家や職場だけではなくて趣味や社会活動・・・ボランティアや地域活動、PTAでもいいです。ちょっとした活動を週に1時間でもよいので、なにか生きがいにつながるような“小さな種”を見つけていく。そうして、やりたいことをやっていく後半人生を早めに設計しておいた方がいいと思いますね」

  • シニア期変化にソフトランディングし、人のためになることを織りまぜ活動する

    「やっぱり趣味とか、地域活動とか、嫌々やるものではなくて 「これ、やってみたかったな」 というワクワクする多様な活動をたくさんやってみるといいですよね。もちろんゴルフとか世界旅行とかもいいですが、自分のためにやることだけではなくて、色々な人と接して、他の人のためになることを混ぜながらやっていくといいと思います」

    「もう一つ考えておきたいのは、これまで会社でひたすら仕事頑張ってきました、役職もありました、という方などは典型的なケースですが、急にやることがなくなり、これまでとは違う人間関係や地域で生きていく上で幸福度がぐんと下がることがあります。いわゆる 「会社人間」 だけではなく、これはすべての人に起こりうること。どうするかといえば、やはりそれまでの生活から地域とか、趣味の生活へとなだらかに乗り移れるように。その手前年代から思考や行動を意識して。変化にソフトランディングできるようにしていくということが大事だと思います」

生涯にわたる学びにウェルビーイングを取り入れ、すべての人が 「よく生きる」 社会を

今後、ウェルビーイングが本当の意味で社会に実装されるために必要なことは何でしょうか?

「そうですね。まずはウェルビーイングという概念であったり知識をみんなが持てるようになること。そのために重要なのはやはり教育だと思います。初等・中等・高等教育、そして社会人教育、大人の学び直しも含めて、生涯にわたる教育の中にウェルビーイングがちゃんと入るようにしていきたいと思っています。実際に、次の教育改革(令和5年に閣議決定された 「第4期教育振興基本計画」 )の中でも、教育を通じてウェルビーイングを向上することは日本の教育全体のコンセプトにもなりましたし、これからその動きは広がっていくはずです」

「もう一つは、教育機関や企業、政府や地域も含めた産官学民で力を合わせてウェルビーイングな社会を作るという機運を高めていくこと。世界や世の中に目を向けると、混沌としている中で自国や自分のことばかり考え、分断や争いが起きるというウェルビーイングと逆行する動きもあります。そのような社会にしないために今は正念場。みんなで連携して力を合わせ、まさにベネッセ(よく生きる)、ウェルビーイングな社会をつくるための非常に重要な局面に入ってきていると思います」

インタビューの最後には、ウェルビーイングに生きたいと願う人への力強いメッセージもいただきました。

「すべての人は幸せになるべきだと思います。そして、幸せになる方法というのも研究によってわかっているんです。ですからぜひ、みんなで幸せな世界を作り、幸せに生きていこうではありませんか」

それぞれのライフステージでウェルビーイングに気を付けながら、自分だけではない利他(他の人のためを思って行動すること。仏教の言葉で 「自利利他円満」 ともいわれる、自分のための 「自利」 と他の人のための 「利他」 は全体としてつながっていて一体であり、相手のためや世のために努めることが結局は自己実現につながる。両者がお互いを支え合い、丸く満ち足りるといった考え方)の心をもって連携を深め、ウェルビーイングな社会をつくる。まっすぐ前を向く眼差しもまた印象的な前野先生のお話でした。

変化の時代を生きる一人ひとりのウェルビーイングにつながることを願って。今後も、ベネッセやラボはウェルビーイングのための情報発信や取り組みを続けていきます。

お話を伺った方

前野 隆司 先生
  • 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授
  • 武蔵野大学 ウェルビーイング学部 学部長・教授

1984年東京工業大学(現東京科学大学)卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学訪問教授等を経て、2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。2024年4月より武蔵野大学ウェルビーイング学部学部長兼務。博士(工学)。著書に、『ディストピア禍の新・幸福論』(2022年)、『ウェルビーイング』(2022年)、『幸せな職場の経営学』(2019年)、『幸せのメカニズム』(2013年)、『脳はなぜ 「心」 を作ったのか』(2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)などを受賞。専門は、幸福学、イノベーション教育、システムデザイン・マネジメント学など

※2025年2月時点の肩書やご経歴を掲載しております。

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