自分らしく生きるための「学び」とは? Z世代の価値観から探るこれからの教育
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「サステナブル・ブランド国際会議2022横浜」の中で開かれたセッション「Z世代との対話から考える、これからの時代のWell-being」では、ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター長の小村俊平氏がモデレーターを務め、Z世代のイノベーター3人とともにウェルビーイングな働き方と学び方について意見を交わし合った。この記事では、ウェルビーイングな“学び”について考察していく。
※本記事は、セッションの内容に小村氏への単独取材内容を加えて編集したものです。肩書などは取材当時のものです。
総合型選抜から感じた「主体的な学び」の可能性
同セッションは、Z世代が目指すWell-beingの在り方、実現するための学び方や働き方をテーマとしている。パネリストとして登壇したZ世代のイノベーターは、それぞれの領域で新しい試みに挑む3人。
岡山大学・社会文化科学研究科の大学院生であり株式会社ABABAのCEOである久保駿貴氏と、津田塾大学・総合政策学部の大学生(現在は休学中)であり株式会社Essay代表取締役社長の江連千佳氏、郁文館グローバル高校3年生の平田正英氏だ。
まずは、平田氏の活動内容からZ世代の“学び”に対する意識を探っていこう。平田氏は、自身の体験から、進路の在り方に課題意識を抱き、現在は教育機関と連携した活動に取り組んでいる。
平田氏「最初から課題意識を抱いていたわけではなく、もともとは他の生徒と同じような高校生活を送っていました。1年生のときにシンガポールで研究発表を行い、2年生ではオーストラリア留学など、さまざまな体験や活動に取り組みました。その経験を生かす形で受験がしたいと思い、面接や小論文などで合否を判断する“総合型選抜(旧AO入試)”に挑戦しました」
総合型選抜に挑戦した際に平田氏は、大学での学びやその先に実現したい目標を強く意識した。大学でどんな研究をして、将来は何になるのかを考えていくプロセスは、「自分の存在意義や、本当にやりたいことを見いだすきっかけになった」という。しかし社会全体を見渡すと、学力試験が中心の一般入試を前提に学習を進められることが多く、総合型選抜に挑戦できない高校生も多い。
平田氏「意欲はあるものの総合型選抜におけるノウハウがない学生が、障壁なく挑戦するための教育を提供していきたいと考えました。現在、3つの高校に協力してもらい、高校生と意見を交わした上で、アドバイスや添削を行うサービスを展開しています」
総合型選抜では、自分が取り組んでいる研究内容や大学で研究したいこと、将来的な展望をプレゼンテーションする必要がある。テストの点数を競う一般入試とは違い、自分の強みや学びの目的を中心に選考されることになるのだ。その過程で、学生の主体的な学びが促進される。
“勉強”から“学び”へ。社会に出て生きる教育とは
日本における教育は、ここ数年で大きく変化した。小村氏は総合型選抜の割合の増加に着眼する。
小村氏「早慶やMARCHと呼ばれる人気の私大では、募集定員の5割以上を総合型選抜のような一般入試以外の選考方法が占めています。そして、国公立大学でも定員の3割程度を、総合型選抜から選考しようという動きがあります。平田さん自身は、総合型選抜を体験してどんなことを感じましたか?」
平田氏「客観的な自分の長所を把握して人前で話せるようになったな、という個人的な学びとともに、たとえ試験に落ちたとしても得るものがあると感じました。総合型選抜に取り組むということは、自分の進路や将来について論理立てて考えること。総合型では不合格だったものの、『絶対にこの大学に入るんだ』という強い意志で、一般入試に合格した人もいます」
江連氏「私はそれこそ総合型選抜で落ちてしまったのですが、その後にどうして学問をしたいのか見つめ直すために、図書館にこもって本を読みあさりました。今思えば、大学に入る前にこの時間を持てたことがプラスになっている気がします」
高校時代の学びの姿勢が、大学での学びの充実度につながったという江連氏。久保氏も同様、自身の今に大きなインパクトを与えた学びや体験を持つ。
久保氏「私はノーコードというアプリ開発サービスを学んだことが、経営するABABAの起業にもつながる大きなインパクトでした。ノーコード開発ならプログラムコードが書けなくても、自分のアイデアを世の中に出すことができるからです。今はインターネットで何でも学べますし、意欲がある人にとってはいい時代だと感じます。ただし、アメリカの大学では早期からノーコードの講義が行われているので、日本の大学でも既存の“勉強”にとらわれない学びが提供される場が、もっと増えていくべきとも思います」
“勉強”と“学び”は似て非なるものだ。この2つの違いを平田氏は、直感的かつ明快な言葉で語る。
平田氏「義務教育のように学校から課せられるのが“勉強”で、自分の夢や目標をかなえるためのものが“学び”だと思います。例えば、私にとってのプログラミングは“学び”です。高校時代にこうした学びを突き詰めていくと総合型選抜にたどり着き、そこで得た学びは社会に出てからもきっと生きてくるはずです」
未来への思考を高めるソーシャル・ラーニング
自分の興味関心を軸にした主体的な学び。幸せな活躍をするZ世代は、こうした学びを自然体で実践しているようだ。江連氏は、小学生時代に身に付けた学びの習慣を振り返る。
江連氏「小学生の頃からすごく日本史が好きで、クリスマスプレゼントに日本史の本をお願いするような子どもでした。すると、父親が本物の古墳や縄文土器を見に連れて行ってくれて、そこから興味を持ったらとにかく深掘りをすることを教わりました。『これ面白いな』と思ったら深掘りするクセは、大学での学びや起業にも生きています。現在取り組んでいる事業をスタートしたのも、女性特有の悩みについて周囲にヒアリングし、深掘りしてみたのがきっかけでした」
その中で、幸せな活躍を実現する若年層の共通点として「ソーシャル・ラーニング※」が重要だという結果が出ている。ソーシャル・ラーニングとは、学習のためのコミュニティーを主催するなど、人を巻き込んだ学びの形や姿勢のこと。自分の学びに他者を巻き込むことで、具体的な行動に落とし込むことがポイントだ。こうした江連氏の“深掘りグセ”は、ソーシャル・ラーニングを想起させる。
※一般的に「ソーシャル・ラーニング」とはSNSを活用した学習を指すが、本調査においては、学習のためのコミュニティーを主催するなど、人を巻き込んだ学びの形や姿勢を指す。
そして、こうした学びへの姿勢は平田氏や久保氏にも共通する。
平田氏「自分の好きなものがはっきりしているということが、学びの基本ですよね。ときどき、総合型選抜のための研究テーマが決まらないという相談を受けますが、そういう人は自分のことを全然知らないのです。そのため私は、『まずはちゃんと自分に興味を持ち、何が好きなのかを自問自答してみてほしい』と伝えるようにしています」
久保氏「ネットの講義などを見ながら自力でノーコードを習得したのは、勉強ではなく学びだったと感じます。そして、もっと多くの学生に知ってほしいと思い、大学に提案してノーコードの講座を開いたことがありました」
自分の学びを積極的に他者と共有する久保氏のエピソードも、非常にソーシャル・ラーニング的である。
小村氏「興味を持てば誰でも学びにアクセスできる時代だからこそ、最初のきっかけや動機が大事になるんですね」
江連氏「私はもともと文系だったのですが、今は大学でデータサイエンスを専攻しています。その理由は、データサイエンスを使って、女性に関する社会課題を可視化するため。今まで感覚でしか語られなかった事象に対し、数値やデータという形で問題提起をすることで、新たな発見があるだろうと考え、男性の多いデータサイエンスの世界に飛び込みました」
Z世代のイノベーターとの対話から、彼らの学びの特徴や学びに求めるものは時代とともに変化をし続けていることが分かる。
自分と向き合う“学び”からウェルビーイングを実現
他者と関わりながら主体的に学ぶことが、キャリアやスキルだけでなく、自分の人生を自分らしく生きる「ウェルビーイング」とどのように関係するのだろうか。学生時代からソーシャル・ラーニングの素養を培ってきた3人が、学びからウェルビーイングを実現する方法を語り合う。
平田氏「私は学びに没頭する行為自体がウェルビーイングだと感じています。嫌なことがあっても、研究に没頭している間は忘れられますから。また、それほどのめり込める興味対象に出会えているということも幸せですよね」
江連氏「没頭がウェルビーイングにつながることもあるかもしれません。ただ、誰もが一つのものに没頭し続けられるほど、強いわけではないと思うのです。だから私は、自分の弱さを受け入れて、緩やかにつながることができる“依存先”を増やすことも、ウェルビーイングに寄与すると考えています」
久保氏「失敗を許容する文化を醸成することも、ウェルビーイングを実現するのに欠かせないのではないでしょうか。失敗することが“汚点”と見なされる社会では、挑戦や没頭が阻害されがちです。就職活動においても再挑戦が認められていれば、もっと大胆な挑戦をしたり、大きな目標に没頭できたりする人が増えるはずだと思います」
三者三様のウェルビーイングの捉え方から、Z世代特有のしなやかな強さを感じる。ネガティブな部分も含めて自分の心と向き合い、弱さをも社会や他者と共有する。そんな彼らの志向性は、“成功者”の椅子を巡って勝ち負けを争う上の世代とは隔世の感があるようだ。Z世代の特徴について、小村氏は以下のように分析する。
小村氏「Z世代は社会貢献意識が強い世代だといわれますが、彼らは別に社会貢献がしたいわけではなく、自分の半径5mの物事が社会問題とつながっていることを、ごく自然体で受け止めています。他の世代は、“活躍”と“幸せ”、“利己”と“利他”といったように物事を対立的に捉えがちですが、Z世代はもう少し俯瞰的な目線で全体を見ているのでしょう。彼らが育った時代は社会のリソースが弱くなった時代でもあります。だからこそ、『自分だけじゃなくて、周りも良くなるようにした方がいい』と本能的に学んだのかもしれません」
結びつきの強さは、ともすれば同調圧力や横並び主義にもつながりかねない。しかし、Z世代を代表する3人のパネリストからは、「自分の価値観を持ったうえでそれを押し付けずに共感者を増やそうという意識が感じられる」と小村氏は語る。
自分で選び取ることや自己決定をすることが、ウェルビーイングの高まりにつながります。与えられた課題に応えるだけでなく、学生時代から学びにおける自分軸を重視することで、社会人になってからの幸せな活躍が実現できるのかも知れない。
(2022.3.23 AMP掲載記事より転載)