「その方らしさに、深く寄りそう。」
ベネッセ シニア・介護研究所の挑戦
ベネッセ ウェルビーイングLabは、幅広い世代にとっての 「これからのウェルビーイング」 を考えていきたい、という思いで活動をしています。この記事では、ご高齢者のウェルビーイングについて、考えてみたいと思います。
ベネッセグループの中には、ご高齢者の生活の質(QOL)向上を支援する介護事業を展開している、株式会社ベネッセスタイルケアがあります。
そのベネッセスタイルケアにおいて、ご高齢者や介護についての調査・研究を行っているのがベネッセ シニア・介護研究所です。ベネッセ シニア・介護研究所は、介護事業やご高齢者を取り巻く様々な課題、今後顕在化していくであろう課題も含めて、その解決に貢献することを目的に様々な研究や調査を行っています。活動の根底にあるキーワードはベネッセスタイルケアが掲げる 「その方らしさに、深く寄りそう。」 。お一人おひとりに寄りそいながら課題解決に向けて何ができるかを考えています。
研究所のメンバーであり、2023年に行われた、高齢者のウェルビーイングに関する調査を主導した岡部祥太に、岡部自身の、また研究所としての研究や思いについて、話を聞きました。
他者との交流、について探る
岡部は、ベネッセ シニア・介護研究所に所属する傍らで、大学の医学部でも独自の研究を続けています。研究テーマは 「他者と仲良くなるメカニズムとその効果」 。他者といっても人間に限らず、人とロボット、人と動物など人間以外の存在との関係も対象に幅広く研究をしているといいます。人が様々な他者と友好的な関係性を築く背景にどのような神経・生理学的なメカニズムがあるのか大学の実験室で研究しながら、シニア・介護研究所では友好的な関係が結ばれる過程やその関係が人の生活の質(QOL)にもたらす効果について実社会で調査・研究を行っているそうです。実験室と実社会の両方を行き来しながら研究することで、社会の役に立つ研究を深めることができると言います。
なぜ 「他者と仲良くなるメカニズムとその効果」 をテーマとしたのか、きっかけを尋ねてみました。
「幼いころに、片手に乗るくらいの小さな丸太を切り出して作ったペンギンのような人形を 「ペン太くん」 と名付け、河原などで一緒に楽しく遊んでいました。そのことを毎日小学校に提出する日記に書いていたところ、親に心配され、ペン太くんと引き離されてしまいました。とても悲しく、子ども心に、仲良くなるのが人じゃなくてもいいじゃないか、と強く思いました。
この出来事が、人がどんな対象と仲良くなるのか、仲良くなる対象が人であることと、動物や物であることに根本的な違いはあるのか、ということに興味を持つきっかけになった原体験だと思います。」
学生時代はアニマルセラピーやマウスの養育行動、母子間の関係性などについて研究を進め、そこから、人と動物、人とロボットの関係性などに研究の対象を拡げていったそうです。今はどのようなことに関心があるのかをきいてみました。
「ご高齢者と若者、親と子など年代などが違う人との交流だけでなく、外国の方など文化的なバックグラウンドが違う人とのふれあいが当たり前のように増えていっています。自分とは異なる背景を持つ他者との交流という意味では、動物やロボットとの交流も、ある種似ているところがあるのではないかと考えています。ペットを家族のような存在と捉える人もたくさんいますよね。人同士の交流と、人とそれ以外との交流は、どこまでが一緒でどこから違うのか。そして交流によってどんな変化が人に生じるのか。基礎研究と応用研究を行き来しながら深めていくことで、その謎に迫ることができるかもしれない。そして、得られた知見を社会に還元したいと考えています。」
コミュニケーションが多様化する現代において、示唆に富む研究であると感じました。
ウェルビーイングを測る 「ものさし」 とは
ベネッセ シニア・介護研究所では、2023年2月から3月にかけて、ご高齢者を対象としたアンケート調査を行い、その結果を9月に日本老年行動科学会第25回青森大会にて発表しました。この調査では、ご自宅に在住の全国の60~90代の方にご協力をいただき、ウェルビーイング、主観的な幸福感などが加齢とともにどう変化していくのかについて、いろいろなアンケートを組み合わせて測定しました。
その結果、例えば、過去2週間の精神的な健康状態を表すスコアは、60-80代では男女ともに維持されているが90代では下がることがわかりました。他のいくつかの項目でも90代でスコアが低下することが見えてきました。また、未来や過去についての考え方や地域への愛着などの因子がウェルビーイングに及ぼす影響の程度が世代によって異なる可能性も示されたそうです。(詳細な結果はこちら)
「今回の調査ではこのような結果になりましたが、調査に使用するアンケートや聞き方を少し変えると結果も変わる可能性がある、ということを理解しておく必要があると思います」 と岡部は指摘します。
「ウェルビーイングと一言で言ってもそこに内包されるものは多元的で、様々な要素が含まれていると思います。あるアンケートの結果だけを見て、一概に幸福度が低い、下がっていると決めつけることはできないと感じます。だからこそ慎重に研究設計を行い、発信しなければならないことを実感しています。」
一人として同じ人はいない。聞き方によって結果は異なる。では、それでも調査をする必要性はどこにあるのでしょうか。
「ある集団の平均的な状況を把握する、という観点では、数字は1つの指標になり、意義があります。一方で、集団の中の一人ひとりに注目してみると、当然ですが平均値よりも値が低い人もいます。では、このような人はたとえばウェルビーイングが低いと言えるのでしょうか?一概にそんなことは言えないですよね。集団の状態をざっくりと把握したいのか、ある特定の人の状態を深く知りたいのか、何を知りたいかによって状態を把握するための方法、 「ものさし」 は変わることがあります。ウェルビーイングや幸福感のような曖昧模糊としているものをある程度測ることができるとしたら、そのものさしとなりうるのは何なのか?ということを、調査を通して考えています。もちろん、ものさしのようなアンケートなど量的な指標で測ることができない可能性もあるので、手探りの探索です」
「ものさし」 を探す研究と 「他者との交流」 をめぐる研究
その方の状態などを知るための 「ものさし」 についての研究と人が他者と交流し仲良くなることについての研究にどういった関連があるのか尋ねてみました。
「例えば、動物やロボットと交流することの効果を知るためには、交流したことでどのような変化が人に生じるのか知る必要があります。健康状態や心の状態、行動の変化など、その方の状態を知る指標、ものさしとなりえるものは無数にあります。その中でどんなものが有用かを調べることで、他者との交流の意味やその背景にあるメカニズムをより詳細に知ることができます。だから、 「ものさし探しの研究」 と 「他者と仲良くなることをめぐる研究」 は密接に関わっています。ふたつの研究を循環させながら少しずつではありますが、進めていきたいです。」
最後に、個人として、また研究所としての、ご高齢者の未来に対する思いを聞きました。
「個人としては、誰もが、寂しいと思わない生き方ができるといいなと思います。ホームに入居される方は、家族や住み慣れた地域と離れて見ず知らずのところで新しい生活をはじめるわけです。やはり寂しいと思われる方が多くいます。そうした寂しさや孤独感にどういった種類があり、どうすれば和らげることができるのか知りたいです。」
研究所としても、 「その方らしさに、深く寄りそう。」 を実現するために、引き続きご高齢者や介護の現場で働くスタッフの皆さんに役に立つ調査・研究・開発などを行っていくそうです。
ご高齢者のウェルビーイングや、人間以外との交流の可能性など、これまでの概念にとらわれない研究が進んでいるという話を聞き、より高齢化する社会へも前向きに進んでいける気がしました。
「その方らしさに、深く寄りそう。」 をいかに実現していくことができるのか。ベネッセ シニア介護研究所の調査研究は続きます。ベネッセ ウェルビーイングLabも、ご高齢者を含め、様々な状況にある人の幸せ、ウェルビーイングについて、考えていきたいと思います。