専門家・NPO・企業の視点で考えた、子どものウェルビーイングとは
身体的には健康であっても、精神的幸福感や自己肯定感が低いとされる日本の子どもたち。現代を取り巻く閉塞感は、大人だけの問題ではなく、その影響が子どもにも及んでいる可能性も無視できない。ウェルビーイングという言葉が定着しつつある今、子どもの生き方や幸せについて直視するのも、社会の大きな役割の一つだろう。
こうした中で、対話や情報発信の機会を通じてウェルビーイングを探り続ける 「ベネッセ ウェルビーイングLab(以下、ラボ)」 は2023年2月に、“子どものウェルビーイング” にアプローチするための活動としてオンラインフォーラム 「子どものウェルビーイングを意識できる社会へ」 を開催。
ウェルビーイングの専門家や実践者たちによる意見交換の中で、子どもたちにどのように接することで、人が幸せに成長し、生きていく未来がもたらされるのかを共に考えた。
ウェルビーイングを考えたことで見えた、子育て世代の気付き
フォーラムの冒頭では、2022年12月に設立したラボの約1年間の活動を所長の岡田晴奈氏が説明した。
岡田氏 「ラボでは、専門家、企業やNPOなどとも連携し、さまざまな方と対話を重ねることでウェルビーイングの方向性を探りながら、情報を発信しています。その活動の中で、一つのテーマとしてアプローチしているのが『子どものウェルビーイング』です。日本の子どもたちの精神的幸福感・自己肯定感の低さが課題視される中で、どうしたら子どものウェルビーイングを形作ることができるのか。このフォーラムを通じて、少しでもそのヒントを共有しながら、一緒に考えるきっかけとなればと思います」
ラボでは、本フォーラムに先立って、現在子育て中のベネッセ社員に向けたヒアリングからスタートし、その後は一般の保護者を対象としたワークショップも実施。そこで得た、ウェルビーイングへとつながる気付きが共有された。
岡田氏 「子どものウェルビーイングをテーマとして初めて対話をした時間の中で、『 “したい” よりも “させちゃう” ことの方が多い』『大人が子どもの幸せを勝手に定義していないか。子どもの声を本当に聞けているのか』といった、さまざまな気付きの声が上がりました。幸福度の高いオランダや北欧の国々では、子どもの自己決定が尊重されており、幼い頃から考える癖をつけることが大切とされています。日常においてウェルビーイングを意識し、考える場がない中で、このような対話で得られた声から、自分自身の反省も含めて、子どもの考える機会を奪ってしまっていないか?と考えさせられました。
『親のウェルビーイングを置いてきぼりにすると、子どものウェルビーイングにつながらない』という声もありましたが、子どものウェルビーイングを考えることは、親や家族のウェルビーイングを考えることにつながります。そして、子どもたちを取り巻く学校や地域も含めた人とのつながりがあること、その中での子ども自身が安心できる時間や空間があることもまた大切な要素です。一人一人の中に育つものを、大人が信じ、見守れるような世界が広がっていけばと思います」
こうしたプロセスを経て開催された本フォーラムでは、日本におけるウェルビーイング研究の第一人者である石川善樹氏(公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表理事)、そして放課後の居場所づくりを通じた子どものウェルビーイングのための実践を続ける平岩国泰氏(特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール 代表理事)がゲストとして迎えられている。登壇者たちの知見を通じ、子どものウェルビーイングについて掘り下げる中で、いくつかのキーワードが挙げられた。
子どもの主観的ウェルビーイングの鍵となる“居場所”
「人がよく生きる(Good Life)とは何か」 をテーマに予防医学や行動科学を研究する石川氏は、ウェルビーイングという大きな概念の全体像において、「主観的ウェルビーイング」 が重要と時代背景を踏まえて説明する。
石川氏 「ウェルビーイングには、“客観的ウェルビーイング” と “主観的ウェルビーイング” の2種類があります。客観的ウェルビーイングとは、健康や資産などの(客観的な数値基準で把握できる)指標です。従来のウェルビーイングは、この概念を指すことが多かったのですが、近年は『本人がどう感じているのか』という、主観的ウェルビーイングが重視されるようになりました。その背景には、日本でも “もっと生活満足度を高めていこうじゃないか” という動きが関係しています。政府は長年にわたり世論調査を行っていますが、その中で『今後、家庭の生活が 「良くなる」 と思っている割合』が1968年には35%近かったのに対し、「明日が良くなる」 と考えていたのが、21世紀に入ると7〜8%前後の水準へと明らかに低迷しています。日本は経済的にはまだ豊かであり、平均寿命も長いとされる中で、この主観的ウェルビーイングの低さが国全体としての大きな問題となっているわけです。
それをなんとかしていこうということで、生活満足度の主観を上げようとする大きな潮流が子どものウェルビーイングにも影響してきました。5年ごとに計画される文部科学省の教育振興基本計画では、その基本方針として子どものウェルビーイングが盛り込まれました。では、子どもたちの主観的ウェルビーイングに貢献するためには何が大事なのか?」
続いて示されたのは、「子供・若者の意識に関する調査」(令和元年度 内閣府)における、子どものウェルビーイングに貢献する要素のデータだ。石川氏が注目したのは 「居場所」 であり、家庭や学校、習い事のほか、SNSなどのデジタル空間まで幅広い活動の場を指す。そして、居場所があるほど、充実感や将来への希望、自己肯定感、社会貢献意欲などが高まることが伝えられた。
石川氏 「データから示唆されることは、自分らしくあるための居場所は多い方が良いこと。また、あまりにも居心地が良すぎる場所をつくらないこと。一つの居場所だけに執着すると、他の居場所の居心地が悪く感じてしまうからです。いろいろな居場所を提供することが、ウェルビーイングに寄与すると指摘されています」
居場所づくりのポイントとなる四つのキーワード
子どもの居場所づくりを探求するのが、平岩氏が運営する 「放課後NPOアフタースクール」 だ。全ての子どもたちに安全で豊かな放課後を提供することを目指し、小学校施設を活用して地域社会と共に子どもを育てる 「アフタースクールモデル」 を展開している。
平岩氏 「私たちの調査では、放課後に友達と遊ぶのは『週1回以下』と答えた小学生は70.9%もいることが分かりました(※1)。このことから『時間』『空間』『仲間』という三つの “間” が失われていることが分かります。『小1の壁』(※2)、『小4の壁』(※3)といった問題も見られ、仕事と子どものケアの両立が大変な中で、学童が足りないという、子どもたちの放課後の課題が顕在化しています」
- ※1 出典: 「小学生の放課後の過ごし方に関する調査レポート」 (2023年11月)
- ※2 子どもが小学校入学後、仕事と家庭の両立が困難になる社会問題。小学生の子どもを預かる学童保育の不足など、放課後の過ごし方が主な要因となる
- ※3 学童保育が小学3年生までで、4年生以降に居場所を失う社会問題。都心では多くが学習塾に吸収される。最近は 「小3の壁」 に低下しているという言葉もある。
アフタースクールの活動の中で、平岩氏は居場所づくりにおける四つのキーワードが見えてきたと語る。
平岩氏 「一つ目が『ありのまま』です。『あなたは素晴らしい存在』であることを子どもたちに伝え、自分自身に価値があることを感じ取ってもらうことになります。二つ目が『自己決定』。多様な選択肢から、主体的に選んでいくことです。そのためには考える余白が必要であり、大人が次々と決めてしまうのはよくありません。三つ目は『人への貢献』です。活動を通じて『誰かに何かができる人であること』を実感でき、自己肯定感につながります。四つ目は『伴走者』。信頼して共に歩んでくれる人がいると子どもの自信につながります。こうしたことから、居場所とは単に預かりなどの場だけでなく、人とのつながりによって成り立っているのだと思います。そして、いかに子どもたちにとって良質な居場所がつくれるか。これは放課後だけではなく、家庭にも当てはまるキーワードとなるのではないでしょうか」
子どものウェルビーイングをひも解く試みとして実施されたフォーラム。後半では登壇者によるパネルディスカッションが行われた。 「子どもの自己肯定感を高めるために、親ができること」 などをテーマに意見交換の中で掘り下げていったその様子は後編の記事で紹介していく。
オンラインフォーラム 「子どものウェルビーイングを意識できる社会へ」 後編記事はこちら。
(2024.3.5 AMP掲載記事より転載)
※記事内の肩書などは掲載当時のものです。